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2014年 08月 09日

気持のいい花瓶15

昨日の蘭の花同様、若いときは「花瓶」が苦手でした。

ジャグや壷といった本来は別の用途をもつ器の方が、遊びがあって自由な感じがしていました。
ただ花をいけるためだけに作られた「花瓶」というものが、こちらのやりたい事を制限する存在として私には窮屈に感じられて、長い間「花瓶」を避けていました。

そして時がたち、蘭の花同様、今は、ただある姿を素直に生かしてくれる「花瓶」が気持いいと感じるようになりました。

私の持っている花瓶の中でも、花瓶らしい花瓶のひとつです。
伊藤正さん作 高さ22.5㎝×胴回り18㎝×口の直径8㎝
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千利休の「花は野にあるように」という言葉は有名ですが、それは、技巧の限りを尽くした果ての「野にあるような姿」なのだと私は思います。戦国の世、明日をもしれない武将たちの命を賭けた茶会での花は、必然そうであったのだと思います。
一方、毎日の暮らしの中の花は、枝をそっと花瓶の水に解き放しただけの、こちら側の意志のなさがかえって気持いいと私は感じます。

ライステリアの枝。
焼締めの器は、水が傷みにくいので花持ちがとてもよいです。
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by velvet-yellow | 2014-08-09 15:29 | 気持ちのいい花瓶


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